そう言えば、昔、スキーを売っていた時、お客さんの親御さんがやってこられて、金額をまけてくれと言ってこられたことがあります。ビンディングの穴開けもすんでいるから、そりゃ困りますとお答えしたら、その4万2千円の金額の42の並びがいけないとのこと。ほんの少しでも良いから金額を変えてくれ、その代わり即金で払うし、なんだったら高くなってもよいと仰る。上司に相談したら、その気持ちは分かるなぁと言って、1円安くして伝票を切りなおせという指示がでたことがありました。
こだわる人はこだわるのだなと思いつつ、普段はクールな上司がそのように応えたのが非常に面白かったのを覚えております。何か、人間と言うものを見たという感じで楽しかったです。
そう言えば、車のナンバーは下2桁が42と49がありません。ですから、1〜9999のうち、42、49、142、149…9942、9949の200種類のナンバー・プレートは存在しないわけですが、これもそう言うこだわりと言うか、人間のすることなのだなと楽しくなります。もっとも、上2桁の42、49はOKで、4219(死に行く)なんてナンバーの車に乗っていた人を知っておりますので、何もかも絶対と言うわけでもないようです。また、選択性ナンバーが導入されてから、4649、おそらくは「よろしく」と読ますのだろうと思うのですが、そういうナンバーの車に出遭った事もあります。
しかし、仏滅とか大安だとか言うのは、歴史が浅いが故に残ったものなのだそうです。もっとも、歴史が浅いと申しましても、中国で出来上がったのはかなり古いようですし、日本には鎌倉時代あたりには入ってきているようです(この時の名称は現在とは随分と異なっており、小吉、空亡、大安、留連、速喜、赤口となっております)。にもかかわらず、歴史が浅いと申しましたのは、これが民間に知られるようになったのは比較的近年のことであるからです。しかも、それは秘術であったから民間に伝承されなかったなどと言う物々しいものではなく、吉凶占いとして認知されていなかったからだと言われます。
暦注と申しますが、暦に吉凶、禁忌を書き込むのは今に限ったものではなく、昔はもっとたくさんの種類があったようです。平安時代などはもうガチガチに縛られており、「源氏物語」などでも、今日は宮中から帰る方角が悪いからこの方角に進んで一泊し、それから帰宅しようとか、明日からは風呂に入れない日が続くのにとかタブーだらけです。これが江戸時代になると人心を惑わすものとして禁令が出されるようになります。しかし、人の心と言うものは、このような暦注がないとさびしいらしく、新たなものが次々と生まれ、その度に禁令が出されます。うち、文化年間(1804-17)頃から民間の暦に書き始められたのが現在の六曜、すなわち仏滅とか大安とか言うものです。
この六曜は先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の6つを繰り返すだけの単純なもので、各月一日はそのどれかが配当される決まりになっておりました。たとえば旧暦八月一日には大安が配当されておりますので、仲秋の名月、すなわち八月十五日は必ず仏滅になると言うようなものです。このような単純なものでありますから、吉凶よりはむしろ曜日のような感覚で使用されていたようで、西洋から日月火水木金土と言う曜日と言うものが導入されると、これを七曜と呼んだのは六曜があったからではないかと思っております。
そのようなものであった事、暦注としては日が浅く、それから約半世紀の後には幕府がなくなった事もあってでしょうが、六曜は暦の上に記されるようになります。明治になってからも暦注を禁止する布告は出ているようですが、ま、これくらいはよろしいでしょうという事で六曜は大目に見られます。しかし、この時点では六曜で吉凶を定めるなどと言う事はしていないようです。実は、これが持て囃されるようになったのは戦後で、そのようになった原因は旧暦が使用されなくなったからではないかと思っております。
今年、2005年の旧正月は新暦2月9日(以下、新暦は算用数字で表記します)でした。したがいまして、今日、3月10日は旧暦の二月一日、昨日までは一月であったわけです。これは立春近くの新月の日を一月一日とするからでありますが、このように通常は1ヶ月、場合によっては昨日までのように2ヶ月ずれます。しかし、戦前の人々は政府の方針にも関わらず旧暦で生活している人が多かったようで、このような事は周知の事であったようであります。
これが敗戦後は新暦にほぼ切り替わったため、六曜は非常に分かりにくくなります。たとえば本日は友引で、昨日は大安です。これは旧暦使用者にとって二月になったのだから友引になったのだなぐらいの感じじゃないかと思っております。多分、先週の木曜日は3月3日だなと新暦使用者が思うぐらいの感覚でしょう。しかし、新暦使用者で今日が六曜の何の日かぱっと答えられる人はそうはいないと思います。
分かりにくいもの。分からないもの。これは神秘性を生みます。
サー・アーサー・コナン・ドイルと言う人がおります。言うまでもなくシャーロック・ホームズの作者です(人によっては違う事を仰られる方もいそうですが…)。この高名なる作家にして医者は、晩年、心霊術に非常な関心を寄せます。そのきっかけとなったのは、一人の女性が隣室に縛られておりながら、ピアノを弾いてみせます。そして、ピアノを弾いたのは心霊であると申したそうです。晩年の告白によると、彼女は足を使って縄をほどいたらしいですが(足で引いたのだったかな)、すべての女性は美人であるという徹底的なロマンチストで、机の脚さえ人目に触れさすのもけしからんと言うヴィクトリア王朝の紳士であったドイルにとって、そのような事は考え付く事すらできませんでした。したがって、誰かが、いや、あの人は足で縄をほどいたのさとドイルに申したとしても彼は絶対に信じようとしなかったでしょう。もし、その女性の名誉のためにその誰かに対して決闘を申し込んだとしても、大いにありえると思うぐらいです。
ドイルは完璧にその女性を信じます。そして、随分と財産を心霊術につぎ込んだらしいですが、その原因は彼の知性にあったと思います。作家としても医師としても高度な知性を持っていたドイルは、自分がいくら考えても分からないのだから、これは超自然現象に違いないと思ったわけです。ある意味、彼の知性の高さ、道徳性の高さ、そして自身の知性に対する自惚れにも似た自信の高さ、それがペテンに引っかかった原因でしょう。そして、もっと簡単に言えば、ドイルが単純だったからです。
もちろん、私はここで大安だとか仏滅だとかを気にされる方を単純だと壟断しているわけではありません。なぜなら、大安だとか仏滅だとかを気にはされている方が、それを完全に信じているとは思えないからです。友引に葬式をしたから、結婚式が大安でなかったから、あるいは納車が仏滅だったから、スキー板の代金が4万2千円であったから、何か不幸が起こる。どこか、そんな馬鹿なことがあるか、と思っておられるのではないかと思うからです。気にするという事は信じるという事と似ておりますが、全然、違うものです。そして、そういう事を馬鹿にしながら、しかし、どこか気になる。そういう部分がいとおしいと思うのです。それは、やはり、一つの文化だと思います。

